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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)435号 判決 1983年1月25日

上告人

前田産業株式会社

右代表者

前田又兵衛

右訴訟代理人

桑田勝利

被上告人

北見長太郎

右訴訟代理人

鮎川定徳

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人桑田勝利の上告理由について

認可された更生計画により更生債権につきその一部が免除されその残額につき債務の期限が猶予されても、従前の更生債権が消滅して新たに更生計画において定められた権利が発生するものではなく、また、更生計画において特定の債権者が届け出た複数の更生債権の金額の合計額が表示され、これに対応して免除額及び分割弁済額が示されていても、特段の事情のない限り、右更生計画は複数の更生債権を消滅させ、これとは同一性を有しない一個の債権を発生させるものではないと解するのが相当である。しかるに、原審は、本件更生計画の一般更生債権者に関する条項において、訴外富屋五郎の届け出た複数の手形金額の合計額が表示され、これに対応する免除額及び分割弁済の額が示されている旨の事実を認定しただけで、本件更生計画の右条項は債務の要素を変更する更改にあたり、同訴外人の有していた複数の手形債権は消滅し、これとは同一性を有しない一個の債権が発生したと解したものであつて、原審の右判断には会社更生法二四二条一項又は本件更生計画の条項の解釈を誤つた違法があるものというべく、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木戸口久治 横井大三 伊藤正己 安岡滿彦)

上告代理人桑田勝利の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな民事訴訟法第六〇三条の適用の誤りがあるか、会社更生法第二四二条の解釈を誤り被上告人(債権者)訴外富屋五郎(債務者)訴外更生会社株式会社行川アイランド(第三債務者)間の東京地方裁判所昭和五三年(ル)第一、六五二号、同年(ラ)第四、六二二号債権差押及び転付命令を有効であると判示した違法がある。

一、上告人が原審において主張したところは次のとおりである。

「1 訴外富屋五郎は、訴外株式会社行川アイランド振出の別紙約束手形目録記載の約束手形六通(以下本件手形という)をいずれも支払期日に支払のため支払場所に呈示したが、会社更生法による財産保全処分中であることを理由に支払がなされなかつた。

右訴外会社は昭和五一年四月一四日東京地方裁判所昭和五一年(ミ)第一号をもつて更生手続開始決定がなされ(以下右会社を訴外更生会社という)、訴外富屋五郎は昭和五一年五月三一日付をもつて、前記約束手形六通合計金一、七七五万三、〇〇〇円について一般更生債権として届出をなし、管財人により一般更生債権として債権者表に記載された。その後、管財人より同届出債権につき内金七〇六万一、二〇〇円を免除、六割を左記のとおり支払うこととする更生計画案が提出され、同計画案は所定の手続を経て、昭和五三年四月一日東京地方裁判所において認可された(以下右計画による債権を本件債権という)。

(1) 昭和五三年九月三〇日 金七七万七、八七五円

(2) 昭和五四年から昭和六一年まで毎年九月三〇日 金一一〇万一、五四七円宛

(3) 昭和六二年九月三〇日 金一一〇万一、五四七円

2 上告人は訴外富屋五郎より本件手形六通を昭和五三年四月七日裏書譲渡を受け、現に所持している。

3 被上告人は、訴外富屋五郎との間の東京法務局所属公証人福島逸雄作成昭和五〇年第七七〇号金銭消費貸借公正証書の執行力ある正本に基づき、被上告人が同訴外人に対して有する金一、〇〇〇万円の元本債権の内金二四四万一、八〇〇円及び右元本債権一、〇〇〇万円に対する昭和五〇年七月一日から昭和五三年三月三一日まで年三割の割合による遅延損害金の内金二五万円の弁済にあてるため、東京地方裁判所に対し、前記富屋五郎の訴外更生会社に対する本件債権の差押並びに転付命令の申請手続をなし、同裁判所は昭和五三年(ル)第一六五二号、同年(ヲ)第四六二二号をもつて、昭和五三年四月一八日差押、転付命令(以下本件差押転付命令という)を発した。

右命令における差押債権は左記のとおり表示されている。

一 金一〇、六九一、八〇〇円也

但し債務者(富屋五郎)が第三債務者(訴外会社)に対して有する左記支払方法による認可された更生計画に基づく弁済金の合計金

(一) 昭和五三年九月三〇日 金七七七、八七五円也

(二) 昭和五四年から昭和六一年まで毎年九月三〇日 金一、一〇一、五四七円也宛

(三) 昭和六二年九月三〇日 金一、一〇一、五四九円也

4 しかしながら、上告人は訴外富屋五郎の訴外更生会社に対する手形債権を第2項で述べたとおり有効に譲受けているから、その後に被上告人が右債権について差押え、転付命令を得たとしてもその効力のないことは明らかである。

また、一般更生債権として届出られた債権は、届出られた原因債権とその性質を異にするものではないから、被上告人が訴外富屋五郎の訴外更生会社に対する約束手形債権を有効に差押えるには、民事訴訟法六〇三条に基づき、執行官をして右約束手形を占有してなさねばならない。

にもかかわらず被上告人は同手続をしていない。したがつて、前記東京地方裁判所のなした差押及び転付命令は効力がない。」

二、上告人の右主張に対する原判決の判示は次のとおりである。

「1 右上告人主張の1項及び3項の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一ないし六、同第五号証及び弁論の全趣旨によれば前記上告人主張の2項の事実を認めることができる。

2 ところで、訴外富屋五郎は訴外更生会社に有していた債権は六通の約束手形債権であり、これが更生計画により前記上告人主張の1項記載のとおり、額面合計金一、七七五万三、〇〇〇円のうち金七〇六万一、二〇〇円(総額から金一〇万円を差引いた金額の四割)を免除し、その余を一括して昭和五三年九月三〇日から昭和六二年九月三〇日までに年賦払するように変更されたものであるところ、本件差押転付命令は右更生計画に基づく訴外富屋に対する金一、〇六九万一、八〇〇円の弁済金債権(以下、本件更生債権という)を差押転付債権とし、通常の債権差押手続によつて差押が行われ、民訴法六〇三条に規定する執行官による手形の占有がなされていない。

そこで、本件手形の執行官への占有移転がなくても本件差押転付命令が適法であるか否かについて判断する。

更生計画は、会社すべての更生債権者、更生担保権者及び株主、更生のために債務を負担し又は担保を供する者等にとつて、実質的には集団的和解のような手続を経て全体として更生会社に対する従前の権利を変更して清算を遂げようとするものであり、更生計画認可の決定があつたときは、更生債権の権利は更生計画の定に従い変更され(会社更生法二四二条一項)、更生計画の定又は同法の規定によつて認められた権利を除き、会社は、すべての更生債権及び更生担保権につきその責任を免れ(同法二四一条一項)更生債権者表に記載された権利については確定判決があつたと同一の効力が生ずるものである(同法二四五条一項)ので、届出債権と更生債権者表に記載された権利との間に権利の種類、内容の重要な変更、その他債務の要素において変更があると認められる場合には、原則として、更生計画認可の決定によつて従前の権利が消滅し、新たに更生計画に定められた権利が成立し更改があつたものと認めるのが相当であるが、両者の間に単に債務の一部免除又は債権の一部放棄、弁済期限の変更があるにとどまる場合には、更生計画認可の決定によつて更改の効力を生ぜず、届出債権と更生債権者表に記載された権利との間の同質性は失われないものと認めるのが相当である。

本件においては、訴外富屋の届出にかかる別紙約束手形目録記載の約束手形六通の債権につき定められた更生計画の内容は、額面金額、振出日及び支払日のみを異にする六口の約束手形金債権の額面金額を合算して一口の債権とし、その一部を免除し、残額を長期の分割払として期限の猶予をすることを定めたものであるから、訴外富屋の訴外更生会社に対する各手形債権は、本件更生計画認可の決定によつて個別性を失い、各分割弁済金と各手形債権との充当関係も定かでなくなつたものであつて、更改により消滅し、新たに一個の本件更生債権が成立したものと認めるのが相当である。

従つて本件更生債権は、従前の手形債権と同一性を有せず、その差押には執行官が本件手形を占有してこれをなすことを要するものではないから、本件差押転付命令は適法であるといわなければならない。」

三、しかしながら、更生計画認可決定によつて認可された訴外更生会社の更生計画は更生債権について一部免除、残額について支払期限の猶予を定めたもので債権の性質そのものを変更するものではない。

甲第三号証は、訴外更生会社管財人金沢敏夫が会社更生法第一八九条に基づき東京地方裁判所に提出した更生計画案であり、同計画案が同裁判所において昭和五三年四月一日認可されたのである。

甲第三号証一〇頁、第三節一般更生債権欄には次のとおり記載がある。

第一項 確定債権

1 債権総額 八坂産業株式会社外一二三件 二、一五〇、六九六、三八八円

内訳元本 二、一三六、三四七、九二七円

更生手続開始前の利息損害金一四、三四八、四六一円

2 債権者別の債権額は別表第九号記載のとおり。

第二項 権利の変更並びに弁済方法

1 各確定債権者に対しその確定債権額のうち金一〇〇、〇〇〇円を昭和五三年九月三〇日に一律に弁済する。

上記弁済後の残債権額四〇%にあたる額の免除を受ける。

2 上記免除後の残債権額については、債権者をA(日本治金工業株式会社、東亜精機株式会社、ナスステンレス株式会社、上申商事株式会社、森暁の五者グループに区分し、Aグループは昭和五三年九月三〇日を第一回とし、昭和六二年九月三〇日まで一〇回にわたり毎年九月三〇日に別表九号記載のとおり弁済する。以下省略

そして、別表九号一般更生債権弁済計画表 債権者名富屋五郎欄(別表九号―四の八行目)に届出番号二〇九、確定債権額(A)一七、七五三、〇〇〇円免除額「(Aマイナス100,000)×0.4」七、〇六一、二〇〇円、弁済額一〇六、九六一、八〇〇円、一律弁済分昭和五三年九月三〇日一〇〇、〇〇〇円、第一回昭和五三年九月三〇日六七七、八七五円、第二回昭和五四年九月三〇日一、一〇一、五四七円以下第一〇回まで各毎年九月三〇日一、一〇一、五四七円と記載されている。

果して然らば、更生計画認可のありたる前記更生計画案の記載には、訴外富屋五郎の届出した債権の性質に何ら変更を加えるべき趣旨は含まれず同更生計画の認可によつて訴外富屋五郎の届出債権は確定債権額の一部免除による債権額の変更、残額の支払期の猶予による弁済期の変更がなされたにとどまるといわざるを得ない。

(一) 原判決は「届出債権と更生債権表に記載された権利との間に権利の種類、内容の重要な変更、その他債務の要素において変更があると認められる場合には、原則として、更生計画認可の決定によつて従前の権利が消滅し、新たに更生計画を定められた権利が成立し更改があつたものと認めるのが相当である」というのであるが、社会性ある株式会社を存続維持させようとする会社更生法の精神は是認できるとしても、会社更生計画においては、金銭債権について、殆んどの場合一部免除、残債権の支払猶予を内容とするものであるから、これらすべてが原則として届出債権と更生債権表記載の債権は更改があつたと解するに至つては、会社更生目的の範囲を超えて債権者の債権の性質までも債務者の一方的事由によつて変更される結果となり、会社更生法第二四二条一項、更生計画認可の決定があつたときは、更生債権者、更生担保権者及び株主の権利は、計画決定に従い変更されるとの規定にも違背するし、また同法第二一二条更生債権者、更生担保権者又は株主の権利を変更するときは、変更さるべき権利を明示し、且つ変更後の権利内容を定めなければならない。との規定にも違背する。

更生計画案(同計画案が更生計画として確定し、認可されたもの)には、前にも述べたが、確定債権額の一部免除、残額支払期の変更が定められ届出債権者自体の性質を変更すべきことは明示されていないのであるから、届出債権と債権表に記載された債権との間には同一性が認められ更改と解すべきではない。

(二) 約束手形は、有価証券として特殊性があり、弁済には受戻を要件とする外、証券と証券の表象する権利を分離するには、除権判決手続によらねばならない。

従つて、一般更生債権として届出された約束手形債権について、更生計画において手形債権たる性質を変更(更改)するには、その旨を明示し、届出られた約束手形債権につき、更生手続において証券自体の受戻などの措置が配慮されねばならない。

しからざれば、会社更生法という手続によつて実体法である手形法第三九条が変更される結果となるからである。本件においては、更生計画が訴外富屋五郎の届出た約束手形債権を更生計画において更改したものでないことは、右約束手形が振出人たる更生会社に受戻されてない事実に徴して明らかである。

(三) 原判決は「別紙約束手形目録記載の約束手形六通の債権につき定められた更生計画の内容は、額面金額振出日及び支払日のみを異にする六口の約束手形金債権の額面金額を合算して一口の債権とし、その一部を免除し、残額を長期の分割払として期限の猶予をすることを定めたものであるから、訴外富屋の訴外更生会社に対する各手形債権は、本件更生計画認可の決定によつて個別性を失い、各分割弁済金と各手形債権との充当関係も定かでなくなつたものであり更改により消滅し、新たに一個の本件更生債権が成立したものと認めるのが相当である。」というのであるが、甲第三号証の記載によつて明らかなとおり本件更生会社の一般更生債権者に対する弁済計画は、各確定債権者に対する確定債権額について一部免除、残額支払猶予を内容としている。右確定債権額とは、一般債権者の届出債権につき会社更生手続において、確定した請求の原因によつて特定された債権の総合計額(会社更生法第一二五条、一三二条)を意味し、訴外富屋五郎が届出たる約束手形六通の合計債権額を一口の債権として更改する趣旨を含むものではない。

甲第三号証別表第九号には約束手形一通の債権を届出たものもあり、また訴外富屋のように数通の約束手形債権を届出たものもある。しかし、その記載自体によつて、この区分をすることはできない。(原判決のように解すると、更生計画の債権弁済計画に記載された一般更生債権者の約束手形一通につき債権届出をしたものは権利の性質に変更(更改)がなく、約束手形複数の債権届出をしたものは権利の性質に変更が生ずることとなり会社更生法第二二九条更生計画の条件は、同じ性質の権利を有する者の間では平等でなければならない。との条項にも違背する結果となる。)

更生計画において更改される旨の明示がない本件更生手続において届出られた債権も金銭債権、更生債権表に記載された権利も金銭債権である限り、その届出の債権の発生原因は同一と解する外はない。そしてその様に解することによつて会社更生手続に何らの支障もないのである。

(四) また、当事者間の和解契約においても、発生原因を異にする金銭債権につき総額を確認し、その支払方法を定めることは、通例であるが、この場合個々の債権につきそれぞれ存在を確認し、支払方法を定める手続を省略するにとどまり、債権を一口とし更改する意味を含むと解することはできない。

更生計画作成にあたつては、特に多数の一般債権者、担保債権者につき債権を確定し、支払方法を定める必要から会社更生法上からの分類による同種債権につき債権者別に債権総額を記載し一覧表を作成するのであつて、発生原因を異にする届出された個々の債権とは全く異質の新たな債務として計上するものではない。

甲第三号証九―四記載の免除額並びに弁済額の合計は、訴外富屋五郎の届出債権額と一致するし、更生債権表に六通の約束手形金債権の総額を一口として一括して確定債権額、免除額、弁済額が計上されていても、確定債権を構成するものは、届出された六通の約束手形債権であり、免除額、弁済額も亦個々の約束手形債権に計算上按分可能であるから、前記富屋の届出債権と甲第三号証の認可により更生債権として弁済さるべき債権との間に同一性がないとの解釈は納得し難いのである。

第二点 原判決には、理由中に左記に述べる齟齬があるので、民事訴訟法第三九五条第一項五号に該当し、破棄さるべきである。

原判決は第一点、三の(三)記載のとおり判示した。

しかしながら、更生計画の内容において、六通の約束手形金債権の額面金額を合算して、一口の債権とし、その一部を免除し、残額を長期の分割払として期限の猶予を定めた場合においても、右六通の約束手形債権の個別性を失うべき理由を見出し得ない。

六通の約束手形債権を合算して一口債権としたのは、会社更生手続においては、同法第一二五条の定めによつて、一般債権、担保債権等の区分こそ必要であつて、一般債権中の金銭債権の原因の区分を必要としないからに過ぎない。

本件更生計画は、甲第三号証の記載(第一点三において記載部分を援用)によつて明らかである。例えば、「各確定債権者に対し、その確定債権額のうち金一〇〇、〇〇〇円を昭和五三年九月三〇日一律に弁済する。」とは、各債権者が一般債権者として届出をなし、更生法の手続において確定された債権に対する弁済であつて届出債権と法律上無関係な更改された債権に対する弁済計画ではないのである。確定債権額が一口として計上されようともこれを構成する個々の債権の個別性を失う筈はないのである。また、免除額、弁済額が発生原因を異にする個々の債権別に記載されておらずとも、免除額、弁済額は個々の債権に対する免除額の合計、弁済額の合計であるから、その記載された合計額を計算上個々の債権額に按分できるのである。金銭債権につき合算してその免除部分、弁済部分を定めることが、更改であるとする判示自体は論理に矛盾があり、齟齬ある判決理由というほかはない。

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